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2008/12/14

11月21日という日

この前のブログで大先輩が立山で亡くなったと書いたが、その日は11月21日の夜である。
実はこの同じ36年前の11月21日、北大山スキー部は旭岳で雪崩で遭難して、多くの人命を失った。
この因縁のある11月21日である。

11月24日、今年は旭岳遭難の墓参りの日、その直前の大野さんの遭難の連絡は、非常につらかった。
旭岳の遭難の追悼は、ぼくら現役のときは、夏、冬年2回行っていた。実はこの雪崩で一人だけ生き残った方がいた。その方が私の高校時代の先生だった。高校二年生の4月、赴任してきた先生の最初の話が旭岳の遭難だった。そのまま頭に残っていて、そのクラブに入部することになる。

東京界隈で、北浦和と高尾の霊園の2人の墓参りである。毎年、その世代の方が墓参りをしているのは知っていたが、今年初めて同行させていただいた。北浦和駅10時集合、お花と酒を買って墓についた。掃除をして線香に火をつけて、お参りした。遺族の方々からは、もういいですと言われているらしく、ぼくらだけの追悼である。
お墓の前で、みんなで山の歌を歌った。周りに人はいなかったが、きっと相当奇妙であろう。そのあと、墓の前でお酒を飲み、語る。空腹にお酒2本は効く。北浦和駅に戻り、昼食としてお酒を飲む。

そのあと、武蔵野線、中央線で高尾まで。高尾のお墓には、遺族の方(お母様)が待っててくれた。
あいにく雨であったが、やはり墓の前で歌を歌い、酒を飲む。
休憩所でお母様とお話をする。遭難をしたクラブの仲間であるのに、息子のように接してくれる。つらいだろうなあ。一緒に八王子に出て夜の会食をする。すでに朝から、昼から、夕方からお酒を飲んでいるぼくはもう限界であった。あまりお話したことも覚えていない。お母様はいまでも、海外旅行にも行くし、明日は銀座でお友達と会うらしい。それにしても元気だ。

さて、さて、解散したものの、頭痛に耐えながら帰路についた。毎年この追悼をしている世代の横のつながりはすごい。ぼくは山スキー部の歴史を刻んでくれた諸先輩方に感謝した。
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